思いがけずピアノを再開…先生は妻。趣味として気軽にピアノを楽しんでいます。
もうかれこれ30年近く前、私が幼稚園だったころ、私は母に影響されてピアノを弾くことにあこがれました。
当時は自宅にピアノは無かったのですが、母の実家にはピアノが置いてありました。
帰省すると必ず母は弾いて聴かせてくれました。
その音も、ピアノを弾く母の姿も幼い私には魅力的に映りました。
「私もそんな風に弾けたらいいなぁ」と純粋に思ったのを覚えています。
母は音大進学を視野に入れるほどの腕前だったのですが、幼いころの私はそんなことを知る由もなく、「ピアノを習えばみんなあんな風になれる」と思っていました。
それから直に私は母に「ピアノを習いたい」と伝えました。
「お母さんみたいに弾けるようになりたい」と言って頼み込んだのです。
でも実際にはそんな風になるのは大変だということを習い始めてから知りました。
特に最初のころはピアノの基礎知識と、基本的な運指の練習が中心で、知っている曲を弾くことも無いのです。
また、おそらく私には母のような才能もなかったのかもしれません。
母は、「お兄さんのピアノのレッスンを横で見たり聴いたりしていたら弾けるようになっていった」と言っていて、私の方は毎週の課題も合格したりしなかったり…という始末でした。
そんな調子でしたから、一向に自分の知っている曲なら何でもよかったのです。
童謡でも良いし、全然かっこよくなくても良い曲でもいいから、初めて「曲らしいもの」の練習に入ったときのうれしさと言ったらありませんでした。
でも、やっぱり曲が難しくなっていくとまた運指の練習が必要になるので、そうなるとまたつまらなくなるんです。
今考えると、そのような繰り返しが当然だったのですが、何しろあこがれから入ってしまったのものだから現実を受け止めきれなかったんでしょうね。
母がそんな練習も幼いころから繰り返してきていたことも知りませんでしたから「きっと僕にピアノを止めさせたいんだ」と思ったこともありました。
上手くなってほしいからこその練習なんですけどね。
でも「お母さんみたいに弾きたい」という私の心はなかなかくじけませんでした。
それを再度伝えると、「そしたら毎日練習しないとね」と言われ、毎日運指の練習が始まりました。
それが私には苦痛でした。
必要だということは分かっているけれど、学校から帰って毎日つまらない運指の練習、30分それをしてからでないと遊びにも行けませんでした。
アパート住まいで夜には練習が出来ない環境でしたから仕方なかったのですが、辛いと感じていました。
そういう生活に次第に飽きてしまったのと、自分が運動する方が好きだということに気が付いてスポーツに切り替えてしまいました。
ピアノはそれっきり練習しなくなりました。
ところが、結婚した妻がずっとピアノを弾いていた人で、結婚して戸建ての家を購入したのを機に自宅にピアノを入れました。
それを機に、私は妻を先生にしてピアノを再開しました。
小さいころと違って、基礎の大変さも知っているし、「お母さんのように」ということでなく、趣味としてなので気楽に続けられています。